深夜独語

2008/06/12   雑巾を縫ふ
 てつせんの花が咲いた 濃むらさき

 ほとゝぎすのこゑがいきなり 落ちて来た

 憑きものがふいと 離れた

 雑巾を縫ふ
2008/02/11  ねずみの結婚式とエヂプトの死者
 さうだ、結婚式にお招ばれしてゐたんだつけ。何着て行かう。身内つてわけでもないから付下げくらゐでいゝかな。「春は曙」はちよつと白つぽ過ぎるから、「深川」はどうかしら(「春は曙」も「深川」もわたしが勝手に附けた着物の名)。帶は……。
 あれ、宅急便の配達を今日に指定してあつた。どうして、かう、ドヂなんだ。
 こゝではつきり目が覚めた。宅急便はほんたうである。結婚式、これがねずみの結婚式なのだから、目が覚めてみればわれながらをかしい。
 久しぶりの気分のよい目覚めだつた。

 暗がりの中でぽつかり眼が開(あ)く。ひたひた押し寄せくる言ひやうのない不安感に押しつぶされさう。自分でいやになる溜息が出る。
 枕元の時計を見ると、五時か六時。早起きの人なら寝床を離れる時間だが、たいてい、草木もねむる丑三つ時過ぎて床に入り、しばらく本を読んでから灯りを消すわたしは、まだ、いくらも睡つてゐない。このまゝ起きてしまふといふ元氣もなく、さりとて、次第につのり来る不安感にさいなまれつゝ、いつ訪れるとも知れぬ睡氣を待つだけの氣力もない。結局、おくすりに手をのばす。
 かうした目覚めが続いたあげく、いやぁな夢を見てしまつた。
 もう、十年ほども消息を断つてゐる弟が自殺したといふ夢である。
 どことも知れぬ暗がりに弟は置かれてゐた。全身、幅広の包帯のやうなものでぐるぐる巻きにされてゐて、頭と肩の形、それに、長く伸ばした脚の先に、爪先が直角に上を向いてゐるのまで、エヂプトの古墳から出て来た死者のやうだつた。それが弟だと誰に教えられるでもなく、ひとりでにわかつた。自裁だといふこともひとりでにわかつた。傍らに、紐をていねい十文字にかけた、手に提げられるくらゐのものが置いてあつた。あれは何だつたのだらう。

 この夢の翌々日が、ねずみの結婚式に来てゆくきもの選びの夢である。よほど、わたしの頭の中の回路はヘンテコリン、こぐらかつてゐるやうだ。

 熱いシャワーを浴びてから、三十分ほど坐禅。最初に方丈さんから、自分の吐く息に意識を集めるといふことを言はれたが、いまだにそれができない。すぐ、ほかに思ひが逸れてしまふ。自分がいかに集中力に缺け、雑念いつぱいの垢まみれの人間かといふことを、つくづくおもひしらされる。

2007/12/12 よくわからないおてんき
 三遊亭圓生『圓生古典落語』
 南木佳士『こぶしの上のダルマ』
 野尻抱影『ロンドン怪盗伝』
 関川夏央『豪雨の前兆』
 『閑吟集』
 室生犀星『蜜のあはれ』
 大森曹玄『参禅入門』
 フーケー『水妖記』
 『久保田万太郎全句集』
 『都名所図会』

 ベッドの脇机、食卓、居間のテーブル、脚立の上、勉強部屋の机等々に置き散らしてある。読みちらしてゐる。集中力全くナシ。

 晴れてゐるのか曇つてゐるのか、よくわからないおてんき。

2007/11/12  なんにもなくて
  この樹登らば鬼女となるべし夕紅葉  三橋 鷹女

 鬼になる力も才覚もなくて、だらしなく夕紅葉を見てゐる。
 いろいろ、むつかしいこと、やゝことが続き、いつか夏も過ぎ、秋もゆかうとしてゐる。身辺に立ちこめてゐるもやもやは依然として晴れず、諸問題の多くは未解決だけれど、ま、なるやうにしかならぬと肝を据ゑることにした。
 と、いふものゝ、弱ッピイですぐ身体が反応して頻脈やら何やらでをかしなことになつてしまふ。それなのに外へ出ると、今まで通りの元気印で突つ張らかるものだから、よけい、くたびれ、愚かな自分に腹が立つ。今の出口の見えぬもやもや状態も、畢竟、おのれが呼び寄せたにほかならない……。
 一念発起、週に一度、禅堂に通ひ坐禅を始めた。まだ三月、坐つてゐると、かへつて雑念がつぎつぎ起るありさまだけれど、坐つてゐることがいやではない。むしろ、坐りにゆくことがたのしくなりはじめてゐる。
 
  散り溜まれる落葉を踏めば落葉の音われをしづかに泣かしめむとや
  あさがほの種あつめをり此の世にもうしたいことなどなんにもなくて

2007/08/26  花は せみは
 花は、ゆふがほ
 せみは、ひぐらし
 鳥は、せきれい
 木は、萩
 風は、魔風
 幽霊は、能
 きものは、麻のちゞみ
 花火は、線香花火
 金魚は、黒の出目金
 お菓子は、葛きり
 お酒は、
 
 と、続けたいところですが下戸。コップ一杯のビールで、足の裏まで、赤くなつてしまふ。

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